ヤマトパンクスを褒めちぎる記事

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こんにちは。 

今回は2019年一発目の音楽の記事です。一目瞭然、PK shampooのフロントマンであるヤマトパンクスについて。僕の愛して止まない彼のスゴさについてひたすら書いていきます。あくまでも書いてるのは本人と面識もないタダのいちファンで、ツイッターやらブログやらを参考にして書いてます。なんかあれこれ好きに言ってるやつがいるなぁ、くらいの軽い気持ちで読んでください。 

  

ヤマトパンクスの哲学

いきなりですが核心の部分から行きましょう。なぜヤマトパンクスの世界観はこれほどまでに魅力的なのか。それは彼の哲学、表現論にあるのではなかろうか、と思うのです。 

柴田大尊と一緒に天王寺減衰曲線というウェブラジオをやっているが、これがめっちゃおもしろい。そこらへんの深夜ラジオよりずっとイイ。そこで詳しくヤマトパンクス自身の表現論について話している。 

URLを貼っておくんで詳しくはそちらを聴いて欲しいが、

gensuikyokusen.wixsite.com

今回は特にミュージックビデオの存在意義についてのヤマトパンクス流解釈を掻い摘んで紹介したい。 

 彼によると、最近のMVというのは映像が主役になっていて、音楽がそれの補足や雰囲気づくりに回ってしまっている。あるでしょ、ストーリー仕立てで、教室で撮影して、大サビの前で曲が止まってセリフ入ったりするようなやつ。それって音楽のためのビデオではなく、ビデオのための音楽になってしまっている。映像は音楽を説明するためのものでなくてはならない。これって非常によろしくない状況なんです。 

それを考えると、本来はあくまでも音が主役でなくてはならない。音楽が中心にあり、それを引き立たせるように歌詞や映像がなくてはならない。音のための歌詞、音のための映像。これを考えると、音楽よりも歌詞が、歌詞よりも映像が説明的であるべきなんです、説明的であるほど情報量が増大していくものなんです、というのがヤマトパンクスの主張。 

ここまでを抑えて星のMVを見返してほしい。 

www.youtube.com

見るたびに思うが情報量えげつない。子供がみたらポリゴンショック必至。 

この大量のテキストは言ってみれば参考文献であり、ウィキペディアとか2ちゃんとか、よく見てみると歌詞一言ずつに対しての解説になっている。歌詞に出ている単語の意味をググった結果とか。歌詞書くときにここまで調べたのか。凄まじいな。映像の情報密度を極限まで高めることで、かえって音楽を作品の中心に呼び戻している。 

テキストとか漫画のワンカットを出すタイミングも絶妙だし、音のノイズが増すのとシンクロするようにテキスト量や画面のノイズも増大する。音楽のための歌詞、歌詞のための映像。あくまでも音が恒星なのだ。 

これが、ヤマトパンクスの、現代におけるコンテンツの飽和に対する解答。

ミュージックビデオの歴史変わっちゃってます、というだけある。 

 

凝り性と飽き性と天才 

彼はなんでもできる。すごい。一度こだわりだすとえげつない完成度を追求する。それはMVみていればすぐ分かる。すごい。星のMVには編集に100時間くらいかけたそうだ。ほかの曲を見ても、どれもギャンギャンな画面になっている。 

 PK shampooのTシャツもそう。kanzakigawaTシャツは「彼自身が着たい」をコンセプトにして制作されたので、バンドTシャツとしてはありえんくらいの原価になってしまっているらしい。原価率は50%を切るのが相場ということを考えると、売値3500円ということは2500円近い原価はあるのかな?完全に素人の見立てなのでかなり適当だけど。わずかな利益も在庫管理費とかで売上が消えて、ほぼ収益は出ていないようだ。いやあ、でも普通にTシャツとしてデザインが優秀。 

あと、集中力すごい。芸術論の難しい本とかぶっ続けで読んだりするらしいし。まあ酒飲んで忘れるだろうけど。完全に小学生並みの感想になってしまった。 

ていうふうに凝り性が作風にもばっちり現れているが、もう一方で彼はめっちゃ飽き性。バンドだってなにかしら憧れてギターを手に取ったというよりは、「暇だったからバンド組んだ」くらいのノリだったらしい。そんなんでなぜあんな名曲ポンポン出せるんだよ、完全に意味が分からない。 

 

ぼくのかんがえたさいきょうのてんさい

ここからは僕なりの予想というか個人的願望みたいな内容になるんだけれど。 

ルネサンス期には、万能人と呼ばれた人々がいたのをご存知だろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチなんかがまさにそれにあたり、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学に至るまであらゆる分野で偉業を残した。おまけに顔はイケメン、ユニークな服装を好みユーモアにも長けていた。天は二物を与えずなんて言ったりするが、20も30も才能持ったガチの「ぼくのかんがえたさいきょうのてんさい」だった。 

で、ヤマトパンクスのスタイルってこれに似ているのでは、って最近思った。 

 ひとつの分野で寡作ながら最高の作品を残し、それに飽きたらまた別の分野で傑作を残す.....みたいなことになるかもしれない。現にTシャツが最高だし、ブログもラジオもユーモアセンスが素晴らしい。 

 大げさな言い方をすれば、ヤマトパンクスというジャンルの作品群を見てみたい。正直、このレベルの天才を音楽だけに留めておいていいのか?とすら思う。だって、ヤマトさんの撮った映画とか、絶対面白いですもん。ふと気が向いてクラウドファンディングして「映画撮りまーす!いえーい!」とか始めてほしい。お金のこと気にしないで好きなことして欲しい。 

そんで中島らものようにお酒でころっと亡くなったりして。 

 

冗談ではあるけれど、ちょっと本気で思っている自分もいる。 もちろんPK shampooはもっと聴いていたいけどね。