たきちゃん #2

たきちゃん #1 - シーラカンスは夢を見ている

 

次の面接に進めることになり、また東京を訪れる機会を得ることができた。企業から届いたメールを読んだらすぐにたきちゃんに連絡した。面接進められてよかったね、また会えるね、嬉しいと返信をくれた。僕もなんだか嬉しかった。 

面接は午前中に予定されていた。食欲が湧かなかった。でもなにか食べないと頭が回りそうに無かったので、早めに友達の家を出てコンビニでウイダーインゼリーとお茶だけ買った。会場は新宿の高層ビルの三十何階だかのオフィスで、どうやらすごい高いところまで行くんだなあ、と覚醒しきっていない頭でぼんやりと考えていた。 

面接そのものは散々だった。この出来では、お祈りされるのは目に見えていた。まあいい、三十階だろうが二階建てだろうが仕事の適正とは関係ない。やっと覚醒してきた脳内で悪態をつき、面接が終わったことをたきちゃんに連絡した。 

すぐに返信があり、お疲れさま、まあそういうこともあるよ、と励ましてくれた。返信は続いた。 

「どこか行きたいところとかないの?せっかく東京まで来たんだし」 

「どこへでも馳せ参じますよ」 

当たり前だ。また会えるのだ。 

 

押上駅の改札で待っているたきちゃんは青いスカートだった。前回会った時と変わらない大きな瞳のなかに、どこか神秘的な揺らめきを宿している人だった。僕を見つけると小走りで駆け寄ってきた。何故だかとても懐かしかった。 

とりあえず落ち着ける場所を探そう、と私たちはソラマチの中を歩いた。スカイツリー、世界一高い電波塔だ。 新宿なんて全て見下ろせる。

たきちゃんが歩く隣、僕の脳内ではなぜかローマの休日が再生されていた。四月はじめの空は穏やかで、雲は嘘みたいな白さだった。オードリーヘプバーンにたった一日の自由を与えたあの街のように、それは美しかった。 

ソラマチの中は春休みで羽を伸ばす学生やカップルが楽しそうに行き交っていた。僕らは適当なお店に入り、期間限定の風味のチーズケーキと、ブレンドコーヒーを頼んだ。たしか、さくらの花びらかなにかが入っていた気がする。確かなことはもう忘れてしまったが、たしかに春の香りがしていた。帰ったら今日のことを詩にしよう、と思った。 

「今日のが二次選考で、次が最終なんだって。うーん、でも通った気は全然しないわ。3対1で若干圧迫気味だったからなあ。真ん中のおばさんが何言っても『うん、なるほどね、オッケー』しか言わないの。きっと三人で役回りが決まってるんだ、東京03みたいに」 

午前中の面接の惨敗なんて遠い昔のような、あるいは全く別の人の話のように感じられた。 

「楽しそうだね」 

コーヒーをすすりながら、たきちゃんがこちらを覗き込んできた。 

「面接が散々だったくせに、って?」 

「なんか自分のことじゃないみたいに話すから」 

まさに今思っていた事をずばり言い当てられ私はすこし目を丸くしたが、すぐにもとの表情にもどし、 

「今日のメインイベントはこっちだから。それよりもね、」 

チーズケーキの最後の一口を放り込み、ふうっ、と一息ついてから、 

「口に合うか分からないけど。サプライズ」 

カバンからつつみを取り出した。 

今度はたきちゃんの目がきらっと光った。 

「え、うそっ、ありがとう」 

地元のワイナリーで作られているワインだ。酒屋でい地番上等な銘柄で、ぼくも普段はこんなワインは飲まない。せいぜいアルパカだ。 

「せっかくたきちゃんと会えたからさ。前回はあんまり時間取れなかったし。」 

でも重いから帰り際に渡すね、と伝えた。 

ボトルをしまいたきちゃんの方をみると、まだニヤニヤしている。 

「そんなに嬉しい?それ自分で飲みたいくらいだもんなあ」 

「いや、嬉しいよ、選びながら私のことを考えてくれてたってことだし。その間その時間は、君の世界に間違いなくわたしは存在してたってことだしね。私が面白いって思ったのはね、私からも、あるんだ。ほら、就活してるとさ、ESとかでボールペン使う機会多いでしょ?手になじむかわからないけど。応援してるからさ、よかったらこれ使ってよ」 

ボルギーニのボールペンだった。 

私は嬉しいよりも先に驚きのほうが先に出てきて、思わず変な声が出てしまった。 

「ありがとう、びっくりした。きっと自分では安ものばかり使ってしまうだろうし」 

相手のことを思いながらプレゼントを選び買う、その時間の結晶として贈られる品がある。今もこのボールペンは使っている。普段使いではないが、大事な用件はこれで書いている。 

「まいったなあ。嬉しいなあ。」 

このとき僕は本当にまいっていたし、嬉しかった。 

 

たきちゃん #3 - シーラカンスは夢を見ている